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◇「ピープルパワー」の象徴
【マニラ矢野純一:毎日新聞】
結腸がんで闘病中のフィリピンのコラソン・アキノ元大統領が1日早朝、マニラ首都圏マカティ市の病院で死亡した。76歳だった。
「ピープルパワー」と呼ばれる民衆の力で86年2月、20年以上続いたマルコス独裁政権を倒して大統領に就任。
ミャンマー(88年)や冷戦崩壊後の東欧の民主化運動に影響を与えた。
退任後も常に民衆の側に身を置き、反政府の運動に参加するなどシンボル的存在だった。
裕福な政治家の家庭に生まれ、米国の大学を卒業。
54年にベニグノ・アキノ元上院議員と結婚した。
反マルコスを掲げていた夫が83年8月、亡命先の米国から帰国直後に空港で暗殺されたのを機に、普通の主婦から政治の場に担ぎ出された。
86年2月の大統領選は、カトリック司教協議会の支援を受けたアキノ氏と現職のマルコス氏が立候補し、選管と民間の選挙監視団体が別々の結果を発表。
マルコス政権に反発した国軍幹部が決起し、民衆も巻き込んだ「ピープルパワー」が起きて、アキノ氏が第11代大統領に就任した。
6年間の在任期間中、新憲法制定など民主化に取り組んだが、強固な政治基盤を築けず、
任期中に7度もクーデター未遂が起き、軍の発言力が高まった。
農地改革なども不徹底で不評を買った。
引退後は、政治の一線から身を引いたが、
01年に当時のエストラダ大統領を追放した「ピープルパワー2」や、最近では改憲を推し進めようとするアロヨ政権に反対する運動にも加わり、一定の発言力を維持していた。
昨年3月にがんを公表して入退院を繰り返し、6月24日に集中治療室に入っていた。
毎日新聞 2009年8月1日 東京夕刊
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